ステージ2 60歳からの体の悩み

育毛日記(54日目)

髪の毛がわしゃわしゃ伸びてた頃
44年前大田区蒲田に居ました。

蒲田にある、マンモス学校建物が
電子学部から公害工学まで、

ビルが12号館まであった。
昼間と夜間の学生で確か6000名はいました。

大きな催しが、1年に体育祭と、学園祭が
あるのです。

その為の実行委員の専用の2階建のプレハブが用意されていて大変な騒ぎです。

私はその、ペエペエの実行委員
その時期までの間の準備もさる事ながら

もう後、半月など近づけば
寝る暇がなくなり

着るものも着の身着のまま
徹夜が続いて倒れるものもぞくしつ

目の下はクマができて
留年するものも出てきます。

私の担当は渉外担当部署
通称何でも調達屋です。

2階にある雑多な事務所のドアの付いた電話ボックスに入って黒電話にへばりついてありとあらゆる所の企業、
大学、小学校、幼稚園へ片っ端からジーコジーコとかけまくりました。

学園祭と言えば、お化け屋敷、バー、喫茶店などなど教室の窓を覆う暗幕が大量に必要で、その数5000枚とかです。
テーブル、イス、灰皿、コンサートに必要なスピーカーまで学校と言う名のつく所に電話して申し出をするわけです。

○○○○○○学校かまた学園祭の実行委員渉外担当部署の九島と言いますが、
何月何日から何日まで50枚いや、100枚お借りできないでしょうか。

養老の滝チェーンには、灰皿300個、屋上のビアガーデン前のテーブルから椅子まで
タンノイ貿易には、スピーカーを貸して下さい、ダメです!

実はオーディオフェアーで各社のスピーカーを展示して行いますので、ハイ是非内の新作の100万するスピーカーをというもので、
倉庫から貸してもらいました。実は嘘ですごめんなさい。

さあ、交渉が成立すると、借用書を交わして借りてくる、後で返すがあるのです。
死にそうです。

12号館は、一番高いビルで夜中にどうしても11階まで行かないとならない
誰も行きたがらない真夜中である

同じ実行委員と行き、誰もいない電気も付いてない真夜中である、用をたしたらそのまま1階までスート降りるはずの
エレベーターが8階で止まり、スート開くではありませんか

顔を出して真っ暗な廊下は誰もいません。
押す人もいません、何故開く

その昔、このビルの立てたときの工事中に8階から落ちて亡くなったていると言う話を聞いていたのです。
その時です、エレベータ内の電気が消えたのです、もう声も出ません、ちびりそうです。

ボタンをバチャバチャ押して、やめるとシーンと言う耳に痛い音が、エレベーターのドアは静かに閉まり電気がついた
1階まで着くのに凄く遅く感じました。

それから、3年後ここは、インドニューデリーにいました。
明日の朝早くに通称ヒッピーバスで、ネパールのポカラ盆地目指して出発。

バスの屋根が珍しくガラス窓になっていて、途中大雨で歪んだ天窓に水が溜まって重さで
夜中皆んな寝ている時にドシャッと落ちてきて皆んな大騒ぎ!

止まって何とかはめて、ビニール張って出発長い長い時間が過ぎて行く季節も12月寒さも増してきました。
身体の節々が痛くて、バスは揺れて参りました。腰が痛い。

寝不足、お腹が異常に減って参りました。
道すがら村もなく雨が止んでうつらうつらと寝たのです。

山道をうねりながら蛇行しながら山道を登るエンジンが黒煙を吐きながらエンジンは唸り声をあげている。
もう、いつ止まるんだからと心配である

腹が空いて頭の気が遠のいて行きそうになりながら、やっと暗い中に峠に光が見える
あー、掘っ建て小屋の様な粗末だが茶屋の様な村が現れた。

トイレ休憩と食事にありついた。
バラバラのご飯だが有難い、粗末だがご馳走に見えてとても美味しいではないか

おばさんだが、綺麗に見えた
お嬢様にも見えてきた、身なりは大正時代の腰巻をした、着物そのものである。

もちろん、顔立ちもその昔の日本人っぽい大正時代である。
こんなにも、東洋を感じたことはない

凄く安心した覚えがある。
ホッとして深いため息をついた。

とうとう、ポカラ盆地に到着した、標高700メートルから見える8000メートル級の山々が連なる山脈が一大パノラマ、
それでいて熱帯性気候、湖は冬なのに暖かく泳げるくらいである。

写真は、ポカラ盆地から見えるマチャプチャレ6993メートル神聖な山です。

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